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日本アルプスという名はなぜ外来語?——ウェストンと明治の山岳史

日本アルプスという名はなぜ外来語?——ウェストンと明治の山岳史
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あなたが「北アルプス」「南アルプス」と何気なく口にするとき、ふと不思議に思ったことはありませんか。なぜ日本の山々に、ヨーロッパの山脈であるアルプスの名前がついているのか——。実はこの呼び名、明治時代に日本を訪れた外国人たちの目を通して生まれたものです。この記事では「日本アルプス」という名称の誕生から、日本の近代登山文化が花開くまでの物語をたどります。知っているようで知らない山の歴史を、一緒にのぞいてみましょう。

「日本アルプス」を最初に名付けたのは、登山家ではなかった

「日本アルプスの名付け親はウェストン」——登山をしていると、こんな話を耳にすることがあるかもしれません。しかし、これは実は正確ではありません。

「Japanese Alps(日本アルプス)」という言葉を最初に使ったのは、イギリス人の冶金技師ウィリアム・ゴーランドです。ゴーランドは明治初期、大阪造幣寮(現在の造幣局)に招かれた「お雇い外国人」の一人でした。本業は金属の専門家でしたが、熱心な登山愛好家でもあり、休暇を利用して飛騨山脈の山々に登っていたのです。

1881年、イギリスの日本研究者チェンバレンが編集した『日本についてのハンドブック』の中で、ゴーランドは信州の山岳地帯について執筆を担当しました。その中で飛騨山脈の険しい稜線を「Japanese Alps」と表現したのが、この名称の始まりとされています。

造幣技師が名付け親だったという事実は、多くの登山者にとって意外ではないでしょうか。当時の日本では、山は信仰や修行の場であり、「楽しみとして登る」という発想自体がまだ一般的ではありませんでした。外からやって来た人の目だからこそ、ヨーロッパの山々との共通点を見出し、新しい名前を与えることができたのかもしれません。

ウェストンが世界に広めた「日本の山の魅力」

ゴーランドが名前を生み出したとすれば、その名前に命を吹き込んだのがウォルター・ウェストンです。

ウェストンはイギリス国教会の宣教師として、1888年に来日しました。すでにヨーロッパ・アルプスでの登山経験を持つ本格的な登山家でもあった彼は、日本の山々の美しさに心を奪われます。槍ヶ岳や穂高岳をはじめとする飛騨山脈の峰々に果敢に挑み、その記録を丹念に書き残しました。

1896年(明治29年)、ウェストンはロンドンで『Mountaineering and Exploration in the Japanese Alps(日本アルプスの登山と探検)』を出版します。この本は、登山ルートの詳細だけでなく、明治時代の日本の人々の暮らしや文化も生き生きと描き出しており、ヨーロッパの読者に大きな反響を呼びました。

ここで注目したいのは、ウェストンの功績が単なる「紹介」にとどまらなかった点です。彼は日本の登山者たちとも深く交流し、「楽しみとしての登山」という文化を日本に根づかせることに貢献しました。後に「日本近代登山の父」と呼ばれるゆえんです。

日本側の立役者たち

ウェストンの影響を語るうえで欠かせないのが、日本側の人物たちです。

小島烏水にはもう一つ重要な功績があります。それまで「日本アルプス」は飛騨山脈(現在の北アルプス)だけを指していましたが、小島は木曽山脈・赤石山脈も含めて北・中央・南アルプスという三分類を提唱しました。現在私たちが当たり前に使っている呼び方は、ここから始まったのです。

外国人の目が教えてくれた「日本の山の価値」

この歴史が示しているのは、「自分たちの当たり前は、外の視点がなければ気づけないことがある」ということではないでしょうか。

明治以前の日本では、山は畏れ敬う対象でした。修験道や山岳信仰の場として、限られた人だけが足を踏み入れる神聖な領域だったのです。そこにゴーランドやウェストンといった外国人が訪れ、「この山々はヨーロッパのアルプスに匹敵する素晴らしさだ」と世界に向けて発信したことで、日本人自身が自国の山の価値を再発見するきっかけになりました。

この「異なる経験を持つ人同士が知識を交換し合う」という構図は、実は現代の登山でもそのまま当てはまります。初めての山域に向かうとき、その場所を歩いたことのある経験者の情報がどれほど心強いか。逆に、初心者の新鮮な目が、ベテランが見落としていたリスクや魅力を教えてくれることもあります。

ウェストンと小島烏水の出会いが日本の登山文化を大きく前進させたように、異なる視点の交流は、山の楽しみ方を何倍にも豊かにしてくれるのです。

まとめ

「日本アルプス」という名前は、1881年にイギリス人冶金技師ゴーランドが名付け、1896年にウェストンが著書を通じて世界に広めました。さらに日本側では志賀重昂や小島烏水が、その名称と近代登山文化を国内に定着させていきました。私たちが今「北アルプスに行こう」と口にするとき、その言葉の背景には明治時代の国際的な知の交流があるのです。

山の名前一つにも、こうした物語が眠っています。次の山行では、ぜひ目の前の山の名前の由来にも思いを馳せてみてください。きっと、いつもの景色が少し違って見えるはずです。

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