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「なぜ山に登るのか」——登山哲学の変遷

「なぜ山に登るのか」——登山哲学の変遷

山岳信仰の時代——畏れと祈りの対象だった山

人はいつから山に登り始めたのでしょうか。近代登山が始まるはるか以前から、世界中の文化で山は神聖な場所として崇められてきました。日本では富士山、立山、白山が「三霊山」として信仰の対象となり、修験道の行者たちは険しい山中での修行を通じて悟りを求めました。

ヨーロッパでも事情は似ています。アルプスの高峰は「悪魔の住む場所」「竜が棲む領域」として恐れられ、人々は山に近づくこと自体を避けていました。この時代、「なぜ山に登るのか」という問いは存在しません。山は登る対象ではなく、畏れ、祈る対象だったのです。

アルピニズムの黄金期——「征服」としての登山

転機となったのは、1786年のモンブラン初登頂です。医師のミシェル=ガブリエル・パカールとガイドのジャック・バルマがヨーロッパ最高峰の頂に立ったこの出来事が、「近代登山(アルピニズム)の始まり」とされています。

18世紀後半のヨーロッパは啓蒙主義の時代でした。自然は恐怖の対象から「科学的探究」と「審美的鑑賞」の対象へと変わりつつあり、山頂を目指すことは「人間の理性と意志による自然の征服」という意味を帯びるようになります。

19世紀半ば、イギリスで1857年にアルパイン・クラブが設立されると、登山は組織的な活動として発展し、アルプスの未踏峰が次々と登頂されていきました。1865年のエドワード・ウィンパーによるマッターホルン初登頂は、この時代を象徴する出来事です(ただし下山中に4名が滑落死するという悲劇も伴いました)。

この時代の登山の意義は、端的に言えば「未踏の頂に旗を立てること」でした。山は征服すべき対象であり、登頂は人間の勝利を意味していたのです。

マロリーと「Because it's there」——挑戦の哲学

アルプスの主な峰がすべて登頂されると、登山家たちの目はヒマラヤへと向かいます。その象徴的存在が、イギリスの登山家ジョージ・マロリー(1886-1924)です。

1923年、エベレスト遠征を前にしたマロリーは、ニューヨーク・タイムズの記者から「なぜエベレストに登りたいのか」と問われ、こう答えました。

Because it's there.

日本では「そこに山があるから」と訳されて広く知られていますが、この訳には議論があります。マロリーの言葉はもう少し長く、「エベレストは世界最高の山であり、まだ誰もその頂に立っていない。その存在自体が挑戦なのだ」という趣旨だったとされています。つまり「it」が指すのは単なる「山」ではなく、「まだ誰も成し遂げていないこと」だったのです。

マロリーは1924年6月、3度目のエベレスト遠征中に山頂付近で消息を絶ちました。彼が頂上に到達したかどうかは、今もわかっていません。しかし、マロリーの言葉は「なぜ登るのか」という問いに対する最も有名な回答として、100年以上にわたり語り継がれています。

ヒマラヤ黄金時代——国家の威信と人類の限界

1950年代は「ヒマラヤ黄金時代」と呼ばれ、8,000m峰が次々と初登頂されました。1953年のエベレスト初登頂(エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイ)は、マロリーの遭難から約29年後の快挙でした。

この時代の遠征は国家プロジェクトの色彩が濃く、数百人規模の大隊列で山に挑む「極地法」が主流でした。登頂は国の威信に直結し、冷戦の対立構造もあいまって、どの国が最初に頂上に立つかが国際的な関心事となりました。

1956年の日本隊によるマナスル初登頂は、戦後日本に大きな希望を与えました。登山が「個人の挑戦」であると同時に「国家の事業」でもあった時代です。

アルパインスタイルと単独行——自由への回帰

大規模遠征が主流だった時代への反動として、1970年代からアルパインスタイル(少人数・軽量・速攻)が台頭します。オーストリアの登山家ラインホルト・メスナーは、1978年にエベレストを無酸素で登頂し、1980年には単独・無酸素での登頂にも成功。さらに1986年には人類初の8,000m峰全14座完登を達成しました。

メスナーが体現したのは、大規模な隊列に頼らず、自分の体一つで山と向き合うという哲学です。酸素ボンベも固定ロープも使わない——それは「公正な手段(フェアミーンズ)」で山に挑むべきだという思想でもありました。

日本では植村直己が五大陸最高峰の単独登頂や北極点犬ぞり単独行など、「一人で自然と向き合う冒険」を追求しました。この時代の登山哲学の核心は、「いかに登るか」にありました。山頂に立つこと自体は目的の一部にすぎず、そこに至る手段と過程にこそ価値がある、という考え方です。

現代——スピード、多様性、そして「つながり」

21世紀に入り、登山の世界はさらに多様化しています。その象徴的な存在が、スペインの山岳ランナーキリアン・ジョルネです。

ジョルネは2017年、エベレストをチベット側から単独・無酸素・固定ロープなしで1週間に2度登頂するという驚異的な記録を打ち立てました。マッターホルン、デナリ、キリマンジャロなど数々の山でスピード記録を保持し、トレイルランニングとアルピニズムの境界を融合させた存在です。Tシャツに短パン、バックパックすら背負わない姿でアルプスの岩稜を駆け抜ける彼の動画は、従来の登山の概念を大きく揺さぶりました。

一方で、エベレストの商業登山化も現代の大きなテーマです。ガイド付きの商業遠征隊が増え、経験の浅い登山者でも高額な費用を払えば8,000m峰に挑戦できる時代になりました。「山頂に立つ」ことの意味は、かつてとは大きく変わっています。

同時に、登山の楽しみ方そのものが多様化しました。ハイキング、トレイルランニング、ボルダリング、スキー登山——山との関わり方は一つではなくなり、「頂上を目指す」ことだけが登山ではないという認識が広がっています。

さらに近年注目されているのが、山を通じた「つながり」です。SNSやアプリを通じて登山仲間を見つけ、山の情報を共有し、一緒に歩く——山は「征服する対象」でも「自己と向き合う場」でもなく、人と人をつなぐ場としての新たな意味を持ち始めています。

まとめ

「なぜ山に登るのか」。この問いへの答えは、200年の間に大きく変わってきました。

答えが一つでないからこそ、山は面白いのかもしれません。「なぜ登るのか」は、登山を続ける限り問い続ける価値のある問いです。あなた自身の答えは、きっと山の中で見つかるはずです。

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